人びとと生きるインドネシア


(1)暗闇の中の輝き

●足りない電気
ジャカルタ赴任時のことである。 仕事から戻ると近所の定食屋(ワルン)で夕食をとるのがいつしか日課になっていた。  兄弟が11人もいるその一家はお店の裏手に家があり、食後に彼らの家でくつろぐこともいつものことになっていた。

学校に通っている兄弟が4人いたので、夜はテレビゲームで遊ぶことが多い。冷蔵庫や洗濯機などの 基本的な電気製品はないくせに、テレビゲームはあった。そういった家はほかにもあり、インドネシア人 の考え方を理解することに苦労したが以下の結論に至った。

一年中高温多湿なので冷蔵庫は必要に思えるが、市場に行けば新鮮な食材が入手できる。

洗濯機の代わりは人間ができても、人間はテレビゲームの代わりはできない。

なによりも、テレビゲームで遊びたい。(大人も子供も)

ある日、テレビを見たいと兄弟の一人が言い出し、テレビゲームの一派とけんかになった。
私は、日頃から世話になっているし(家族の一員と認められたのか、知らぬ間にタダで食事をしていた。) テレビももう古いので新しいテレビを買いに行くことを提案し、その週末には新品のテレビが古いテレビに代わって 居間に登場した。古いテレビは二階に移動した。

その後、彼らの家ではテレビをめぐる争いは解決したようでもとの仲良し兄弟に戻った。
ある日、ハマっていたゲームがあったので私はテレビを見ていた彼らにテレビゲームをやろうと提案した。 すると彼らは「今はダメ」といわれてしまった。テレビは2台あるのだからできるはず、なぜだ。

さては古いテレビを売ってしまったのか?と疑ったが、上の兄弟に聞いてみるとなんと家にきている 電力不足のためにテレビを2台同時に使えないというのだ。そういえば、アイロンをかけるときにも 昼間に電気をすべて消してやっていたことを思い出した。


●暗闇の中の輝き
そんなジャカルタの横町では最近はさすがに減ってきたようだが、私が住んでいた当時にも月に1回くらい 停電があった。私の住んでいたアパートは自家発電機などのバックアップがあったようだがインドネシアの 一般家庭とは事情が違う。

ある日の夜、彼らの家でテレビゲームをしていたら突然ぷつんと電気が切れた。さてはまた電気の使用量オーバー かと思いきや、隣近所も真っ暗なので停電らしい。

久々に経験した停電に軽いパニック状態になった私は「お〜い、懐中電灯!」と叫んでいた。
すると1分もたたないうちにろうそくに火がともった。暗闇の中ですぐにろうそくとマッチを持ってくる ということはよっぽど停電に慣れているのだろう。そして彼らは騒ぎもせず、停電前と同じ態度で 雑談をしていた。

外では何が起こっているのだろうと出てみると、隣の家もろうそくを灯して平然としている。月明かりを 頼りにワルンに向かうと、ろうそくの明かりの下で通常通り営業中だった。

調理は石油コンロを使い、飲み物は箱に入れてある氷で冷やし、レジスターも無い。
電気を使うのは照明とラジオだけなので大きな支障は無いのだ。電気に頼った生活をしていないたくましい人々の中で ひとりであわてていた自分はまぬけもいいところだった。

目が慣れてきたのでようやく落ち着いて周りを眺めてみると、ろうそくの明かりが横町全域に灯っていて とても幻想的であった。暗闇の中でかすかに映える横町とは対照的に、向こうに見える金持ちの大きな家が 立ち並ぶあたりは明かりが煌々とついている。まさに明暗を分ける形になったが、暗闇の中でも人々は ひとみを輝かせてがんばっていた。

初出:MSNニュース&ジャーナル(1999年1月11日)を加筆訂正。

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